今回は世界70か国で4000万部以上のベストセラーを生み出した、アウグスト・クリ氏の著書を取り上げました。氏はブラジルの精神科医であり心理学者で、著書の中には映画化された作品もあります。私が観た「人生のコンマ」という映画はヒューマンドラマで、2026年時点ネットフリックスでも配信されています。
日本語訳された本は残念ながらほんのわずかなのですが、2022年に本書が日本語版で出版されました。一度は手に取ったのですが、なかなか読み進めることができず、今回二度目の挑戦で最後まで読むことができました。
初回リタイアからの再挑戦
前回リタイアした理由は正直よく覚えていませんでしたが、今回改めて決意を固めて読み始め、危うく再びリタイアしそうになりました。結論からいうと、前半はとにもかくにも理解に難航します。
著者はブラジル人のため、おそらく原文はブラジルポルトガル語で書かれていると思いますが、海外の文献を日本語訳しているために、おそらく日本に存在しない、通常使われていない単語が頻繁に登場します。
私が氏の論文や著書をこれまで読んだことがあり、彼の理論や主張についてある程度の基礎知識があれば別だったと思いますが、全く初めて出会う専門用語を理解しながら読み進めるのは至難の業でした。
ということに途中で気がついたため、わかってもわからなくてもとにかく最後まで読み終えることを目的に、表紙のポップなイメージとは正反対の難解さに、半ば苦しみながらスローペースで読み進めていきました。
思考は仮想的である 引き金とキラー窓の存在
苦しみながらも、氏の言わんとすることはなんとなくは理解できます。
まず、思考は仮想的だということ。また氏は記憶を「窓」に例え、数字や住所など感情が伴われず自動保存される記憶は「ニュートラル窓」、トラウマや不安、葛藤は「キラー窓」に保存されるとします。そしてキラー窓は、上書きが可能ということを強調します。
著者によると、強迫症の人が不安からくり返し強迫行動をしてしまうのも、引き金とキラー窓の存在が結びつくことにより生じるという解釈になります。
そのような氏の理論を経て、思考を管理する方法、言い換えればこころを管理する方法の大切さに話はつながっていきます。
言語は違えど、日本に同様の概念はないわけではなく、こころを管理するというのはおそらく日本でいうところの「内省」や「マインドフルネス」に近いものではないでしょうか。
加速思考が不安をもたらす
10章以降、霧が晴れたように急に読みやすくなります。この本独特の専門用語は激減し、普段私たちがなじみのある言葉で語られはじめます。
一部を要約すると、人類史上類を見ない圧倒的な情報量が加速思考をもたらし、加速思考が不安の要因となり、さらに不安が諸々の精神症状につながる恐れがあるということです。
この本を読む前に、加速思考について言及している情報はないかとネット検索してみましたが、ヒットしたのは本の要旨とは正反対の内容、思考の加速を良しとする、あるいは思考を加速するための秘訣などでした。加速思考そのものに警鐘を鳴らす風潮は日本ではマイナーなようです。
加速思考の弊害について、氏は精神疾患に至らないまでも、独創的な発想や創造性が失われること、葛藤を乗り越える力、逆境への適応力が失われることを指摘しています。
大切なのは情報量ではなく、情報を編集する能力であることも指摘しています。そうでなければクリエイティブな発想は生まれてこないと。
例としてアインシュタインなど偉大な発見をした歴史上の人物について言及しています。彼らは自分たちよりもはるかに少ない情報量で考えを深め、クリエイティブな発想につながった、と。そう言われてみるとたしかにそうかもしれません。
スマホ認知症との関係
また、加速思考の弊害として「物忘れ」も挙げられています。情報過多による物忘れ、この点については何か聞いたことがあります。
そう、これって、「スマホ認知症」と同じ現象ではないでしょうか。
スマホ認知症とは、スマホやパソコンの過剰接触により、情報過多になった脳が疲労を起こし物忘れを引き起こす現象です。
折しもこの本を読んだ直後、スマホ認知症に関する記事が新聞の健康・医療欄に掲載されました。(参考:脳が疲労「スマホ認知症」,日本経済新聞(夕刊), 2026年6月27日28面)
スマホ認知症自体は医学的な病名として認められてはいないものの、海外では「デジタル認知症」として研究対象になっているそうです。
記事によると、スマホ認知症は物忘れに代表される記憶障害のほか、集中力の低下も引き起こします。脳疲労に関しては、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」という脳内の活動の存在があり、ぼんやり過ごしているときに脳内の情報を整理する役割がありますが、スマホなどから絶えず情報を受け取っているとDMNの状態が乱され、結果として脳を疲弊させるとのこと。
情報過多による物忘れは加速思考症候群とデジタル認知症の共通項ともいえます。
加速思考により失われるもの
スマホ認知症の記事では記憶障害にのみ言及されていましたが、加速思考症候群は不安を引き寄せるほか感情の老化、葛藤を乗り越える力の消失などが指摘されています。
これについて、データに基づくものではありませんが、日々相談業務をしていて多少の心当たりがあります。
精神保健相談として、その大半はメンタルヘルスに関する相談を本人あるいは家族から受けていますが、中には人生相談のようなものも含まれ、一刻も早い解決を本人が求めているケースがあります。何か落ち込むようなショックな出来事に遭遇したとき、個人差はあれ一定期間落ち込んだりつらい気持ちが続いたりするのは、人としてごく自然な反応です。
しかし、その行程を省略して解決を求めようとする人は、何かその期間ですら不快さに耐えられないというか、不要なものとして扱おうとします。
このようなことを思うようになったのは、AIアプリが世間に浸透し始めてからのことです。じつは、2025年暮れごろからAI経由の相談がとみに増えてきました。
AI経由の相談とは、AIに相談窓口を紹介されたというものです。検索の延長として、相談先を教えてもらったという人もいると思いますが、悩みや困りごとをAIに相談して、その途中で行政の相談先を紹介されたケースも少なくないはずです。
たとえAIであっても、苦しい胸のうちを聞いてもらいたい気持ちはわからなくはないですし、吐き出すことで一瞬でも気持ちを切り替えられることもあると思います。ですが、そこでAIに答えを求めてしまうのはあまりにインスタントに思えてしまいます。
即座に答えを求めてしまうのは、おそらく次のような思考になっているのではないでしょうか。落ち込んだり悩んだりしている期間というのは、調子がいいときに比べると活動のパフォーマンスは図らずも落ちてしまいます。要するに、人としてのコストパフォーマンスが悪い期間であり、落ち込むこと悩むこと自体がコスパ・タイパが悪いのだと、と。
落ち込んでいる暇なんてなくて、一日でも早く高コスパな自分に戻りたい、という発想自体が、加速思考の引き起こす良からぬ影響ではないかと思いました。
人生で予期せぬ大きな出来事に遭遇し、動きが止まってしまうかのように感じる時間は不要なものではありません。
思考やこころを管理する方法を身につけてこそ、葛藤を乗り越える力や逆境への適応力につながるという点が強く印象に残りました。
未知の状態で読み始めた本書ですが、マインドフルネスや日本語でいうところの内省、禅などに通ずるものがありました。
